沿革

学校の沿革

昭和10年11月25日日本赤十字社埼玉県支部療院附属看護婦講習所設置認可
昭和11年 4月10日同講習所養成開始 講習所長 橋本保太郎外科部長
昭和13年 4月30日内務省令第9号看護婦規則第12条による看護婦養成所に指定
昭和13年11月養成所長 島清一郎院長となる
昭和16年 4月 1日本社からの指令に基づき日赤千葉県支部の乙種救護看護婦養成依託を受託看護婦講習所を看護婦養成所と改称
昭和18年 8月 1日看護婦養成所に於いて臨時救護看護婦養成開始
昭和20年 8月臨時救護看護婦養成廃止
昭和21年 1月23日甲種看護婦養成所として認可
昭和21年 4月与野赤十字病院附属看護婦養成所と改称
昭和22年 1月大宮赤十字病院附属看護婦養成所と改称
昭和22年 2月 3日日赤千葉県支部から甲種救護看護婦養成の委託を受く
昭和22年 3月15日文部大臣より養護教員養成所に指定
昭和23年 4月 1日大宮赤十字看護学院と改称
昭和25年 3月25日厚生大臣より甲種看護婦養成所に指定
昭和26年 5月31日大宮赤十字高等看護学院と改称
昭和29年 2月15日学院寄宿舎落成 木造モルタル塗2階建て 342.419u
昭和29年10月 5日各種学校として認可(埼指第444号)
昭和40年 3月学院校舎落成 342.140u
昭和42年 1月学院寄宿舎落成 木造モルタル塗1階建て 292.600u
昭和47年10月学院寄宿舎増築 82.955u
昭和48年 4月 1日学院長 加納寛一院長
昭和51年 3月31日学校教育法第82条の8に基づき専修学校として認可(指令学事第981号)
昭和51年 4月 1日大宮赤十字看護専門学校と改称
昭和52年 3月31日日赤千葉県支部からの救護看護婦養成依託廃止
昭和57年 4月埼玉県看護婦養成依託を受く
昭和59年 3月学校校舎新築立替 鉄筋地下1階地上2階建 2531.191u
昭和60年 3月学校寄宿舎新築立替 鉄筋地下1階地上3階建 2373.356u
昭和60年 4月学校長 平島準院長
昭和62年 4月学校長 横田修院長
昭和63年 3月日赤看護婦養成規則一部改正(全寮制の期間が2年以上となる)
平成 2年 4月看護婦養成カリキュラムの改正
平成 3年 4月全寮制の期間を2年間とする。3年生全員通学(平成3年度入学生から適用)
平成 6年 4月埼玉県看護婦依託養成の中止 日赤看護婦養成規則一部改正(全寮制の廃止、学生寮は厚生寮に変わる)(平成6年度入学生から適用)
平成 7年 4月学校長 大久保行彦院長
平成 8年 4月日本赤十字社看護婦養成規則全部改正(社費生廃止等)
平成 9年 4月看護婦養成カリキュラムの改正
平成13年 4月学校カウンセリング開始
平成14年 4月学校長 加藤泰一院長 男子学生の入学受け入れ開始
平成15年 3月学生寮を休止する
平成15年 4月さいたま赤十字看護専門学校と改称
平成19年 4月県外依託生受け入れ開始
平成21年 4月看護師養成カリキュラムの改正