さいたま赤十字病院

整形外科

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人工股関節全置換術

手術適応

さまざまな股関節疾患に共通する症状として、痛み、可動域制限(自分の足なのに触れない部分がある、爪切り、靴下はきが不自由、低い椅子に座れない、正座ができない、座礼ができないなど和式の生活ができない)、歩行能力の低下、左右の脚長差、さらには股関節疾患に原因する腰痛や膝痛、歩容異常、姿勢異常があげられます。これらの症状が複合して日常生活動作の困難が引き起こされています。症状の原因は何なのか、それを改善する方法はいかなるものか、そしてその方法を具体的にいつ行うのがよいのか。それらの疑問に対して明快に答えること、それがわれわれ専門医の仕事と考えています。
疾患の原因はひとりひとりことなっています。また現在の病期(一般的には、前期・初期・進行期・末期と分類される)はどれなのか、どのような治療を受けてどんなふうになりたいか、何をしたいかという治療目標もひとりひとり別個に考えなくてはなりません。
ですから、股関節の治療は、専門医がひとりひとりの患者さんから話をうかがい、細かく診察し、検査を行い、症状の経過を観察しながらすべての要素を総合して方針を立てることが必要になってきます。
最近多数のマスコミが人工股関節の話題を取り上げるようになり、股関節痛に苦しむ方々に薄光が差し込みかけたかに見えます。「人工股関節センター」を標榜して多数の患者さんに人工股関節全置換術を行う施設が股関節疾患の存在を世にアピールしたことで股関節の疼痛の存在が一般に認知されつつあるように思われるからです。しかし、人工股関節全置換術は患者さんにとっては最終手段であるべきとわれわれは考えています。
日本人の股関節は先天性の股関節脱臼や臼蓋形成不全から症状が進行して高度な骨の変形と、それをかばうように機能する筋・腱組織の発達によって経過とともに症状が多彩に変化します。特に青壮年期の患者さんにとっては、股関節の自己再生をはかる骨切り手術の適応が可能かどうかを慎重に検討するべきです。その適応がない場合にも疼痛が軽減する傾向の出現を期待してある期間経過観察することが重要です。消炎鎮痛剤の投与や杖等による免荷も試みられるべきです。それらのいずれもが、患者さんにとって有益でない場合に限って人工股関節全置換術が行われるべきであるとわれわれは考えています。当院では高度な技術を要する各種骨切り手術も行っており、自分の骨や関節で生活できる満足感を多くの患者さんに感じて頂いております。したがって、股関節に痛みがある青壮年期の患者さんは、人工股関節置換術しか行わない施設ではなく、当院のように骨切り手術骨が可能な施設で股関節疾患専門医のていねいな診察を受けることが非常に重要で、適切な手術方法や手術時期に関するアドバイスを受けてください。「人工関節センター」という標榜は「当院では骨切り手術はしません」と言う意思表示である場合もあり、はじめから人工股関節手術が一番よいときめてかからずに別の治療方法の可能性について専門医の意見を求めるべきでしょう。
60歳以上の中高年者、あるいはそれ以下の年齢層の方でも、すでに骨切り手術を受けたけれども除痛効果が失われた方、骨切り手術の適応がない方、外傷後の方、広範囲の大腿骨頭壊死症の方、関節リウマチをはじめとする膠原病で骨・関節そのものの破壊が進行している方には関節の再生を期待することが困難です。人工股関節全置換術はこういった方の股関節再建には絶大な効果が期待できます。除痛効果ばかりでなく、関節可動域の獲得、下肢長の調整も可能です。
また高齢者の方で、自分は手術を受けるには高齢に過ぎると半ば自分で決めてかかっていらっしゃる方もおられるかもしれません。しかし、高齢は一つの要素に過ぎません。気概さえしっかりされた方なら、循環器、呼吸器等の診察を当院で受けた後、手術を受けることが可能です。骨質(骨粗鬆症)の問題は技術的に克服可能ですから手術そのものが困難ということはまずありません。高齢化社会を迎え、質の高い人生をおくる上で人工股関節手術は今後ますます注目を浴びると予想されます。
当院では術後早期(翌日または翌々日)からリハビリテーションを開始し、全荷重による歩行許可、脱臼の危険性がほとんどない手術方法で行う手術により、術後も従来からの和式生活(正座や座礼)を許可しております。
人工股関節はひとつの器械であるに過ぎません。初回手術をいつするかは、患者さんが主導して良いでしょう。人生は一度しかなく、自分の人生を自分らしく生きるために股関節の機能を回復させたいというのはごく自然な希望でしょうから。ただしどのような器械にも寿命があり、使われ方にもよりますが10年、20年するうちには何割かの方に部品交換の必要が生じてくるでしょう。部品交換(再置換手術)をいつするのがよいかは、患者さんの症状ばかりでなく専門医の判断が重要であることは論を待ちません。ですから、人工股関節全置換術を当院で受けられた患者さんは、当院のスタッフが責任を持って継続的にフォローアップを行っております。

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手術方法

当院ではすべての手術症例に対して最小侵襲手技(MIS;Minimally Invasive Surgery)にて手術を行っております。この手術は、「手術を受ける患者さんの筋肉を切離することなく手術を行う」 という基本理念のもとに、10cm程度の非常に小さな皮膚切開から、予定通りの手術を正確に実行するという、高度な技術です。 われわれは、多大な経験の蓄積のもとに2003年度よりMIS手術を開始し、その結果を同年度の「日本臨床股関節学会 」 に発表すると同時に更なる研究と進歩の道を歩んでいます。MIS手術は手術を受ける患者さんにとって最も大きな恩恵があります。 手術時間は従来手術と同様です。術中出血はむしろ少なく、自己血貯血可能であった患者さんは、ほとんど他家血輸血を必要としません。手術後の離床やリハビリテーションのスピードアップ、禁忌肢位(生活動作や姿勢の制限)の廃止、患者さんの積極的な自動運動を奨励するなど、 いま人工股関節医療の現場で革命が起こりつつあるのです。術後のリハビリテーション・プロトコル、看護手順、クリニカル・パスも 大きな影響を受け、新しい人工股関節時代の幕開けを当院整形外科すべての医療スタッフが創出しています。また、手術進入路に関してはほぼ全例に前方アプローチで手術を行っており、手術中に関節安定性(どんな肢位でも脱臼しないこと)を確認することで手術後の肢位制限を皆無または最小限度としております。
また、両側罹患(両方の股関節が痛い)の患者さんに対しては、両側同時手術を行っております。両側同時手術の有効性はすでに学会 報告しておりますが、他の施設からの報告でも同様に有効性が確認されております。片側手術より1週間程度入院期間が延びるだけで、リハビリテーション上の問題はありません。むしろ両側罹患の片側手術では非手術側のさまざまな制限を受けて日常生活機能の本質的改善は期待できません。手術合併症も同程度です(血栓症の発生頻度については同様またはむしろ少ない傾向にあります。また、片側手術の場合、左右の脚長差がむしろ拡大する場合もありますが、両側同時手術により脚長を同じ長さにすることが可能です。手術を二回受けるというのは精神的にも肉体的にも負担が大きいでしょう。医療費も片側手術の2倍ではなく1.5倍程度にとどまるため、医療経済上のアドバンテージも含めて、患者サイドからは有効性の高い治療法といえるでしょう。

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リハビリテーション

人工股関節全置換術後のリハビリテーションは退院後生活の成否を決定づける重要なファクターの一つです。当院のリハビリテーションは患者さん、医師、理学療法士、看護師が一体となって行われております。

当院のリハビリテーションの特徴は、

患者さんの病歴、手術前の股関節可動域、筋力、歩容の把握
詳細な手術中の所見記録(股関節最大可動域、安定性)の共有
職業や日常生活における個人的目標の設定

をもとに、ひとりひとり個別化したプログラムで対応していることです。リハビリテーションを行うことを通してわれわれも学習し、さらに優れたリハビリテーション・プログラムに発展することを目標として全スタッフが一丸となっております。

特殊な症例を除いて、当院では前方アプローチで手術を行っておりますので、手術後脱臼の心配はありません。当院での手術方法は、筋肉や腱の切離を行わないうえ、後方関節包を温存する高度なMISアプローチであるため本質的に手術後の疼痛が少ないこと、また常勤麻酔科医による手術後疼痛管理が適切に行われていることとあいまって、手術後の疼痛は劇的に軽減されます。したがって、脱臼を心配することなく積極的な可動域訓練を行い、筋肉の疼痛も少ないので積極的な歩行訓練が可能です。

リハビリテーションの第一のゴールは、以下の四点です。

T字杖にて平地を400m歩きとおす
床から立ち上がることができる
階段の昇降ができる
靴下をはくことができる(可能なら爪切りも)

この四点のゴールが達成されていれば、退院しても問題なく日常生活が送れることでしょう。しかし我々は第二の目標である、歩容(歩く姿)の改善も劣らず大切であると考えています。股関節の疼痛、可動域制限、脚短縮などの障害と長期にわたって共存してきた患者さんにとって、障害はすでに体の一部となっており、無意識のうちに体の各部分がそれらの障害を代償すべく働いています。その不自然な「くせ」を矯正して「美しい姿で歩く」ことがリハビリテーションを最終目標になるはずです。この点の改善はいわば脳が発信する歩行プログラムの組み替えであり、体幹、膝、骨盤のリズミカルな共同運動を全体として鳥瞰し、体の各部分を調節してふたたび統合するという最も困難な作業です。莫大な時間と、患者さんの自己修練が必要であり、とても短時間でできるものではありませんので、長期目標といってよいでしょう。入院期間が短い施設ではこの重要な作業が割愛されており、その結果が股関節の痛みはないが、歩容が悪い、腰が痛い、膝が痛いなどの余病の併発が懸念されることになります。当院ではこの問題に対処するために二つのアプローチをとっております。
その一つは全スタッフが集まり、毎週行われる合同リハビリテーションカンファレスです。そこでは各患者さんの問題点、解決方法を評価するためにすべてのスタッフからの提言がなされ、実際のリハビリテーションに反映されています。スタッフの共通理解のもとに重点的な弱点補強のリハビリテーションが行われております。

手術と同様にリハビリテーションは重要です。われわれはそのことを深く理解し、多大なエネルギーを注いでおります。

もう一つは、リハビリテーションの設備や人材のそろった施設でリハビリテーションを継続する機会を提供することです。入院、外来を問わず時間をかけてリハビリテーションを継続することには深い意味があります。当院での入院期間だけではリハビリテーションの時間や場所は限られております。必要に応じてそれぞれの患者さんに合ったよりよい環境とスタッフを備えた病院やクリニックを紹介しております。

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症例供覧

症例1

先天先生股関節脱臼の既往がある患者さんです。50歳を過ぎて股関節の痛み、下肢長の左右差、跛行、靴下はきや爪切りに不自由を感じて手術を希望されました。

手術では2cm程度の脚延長で脚長がそろいました。疼痛は改善し動きも良好になりました。筋肉の緊張がほぐれるように筋力強化やストレッチを毎日行うよう、退院指導が行われました。

症例2

両側変形性股関節症の患者さんです。両股関節の可動域制限と疼痛が高度でした。

両側を一度に手術してリハビリテーションを行うことで、脚長差もなく、関節可動域の改善も良好です。入院期間は片則の場合より1週間程度長くなりますが、最終的な機能は片方ずつ手術をするよりはるかに優れています。

症例3

先天性股関節脱臼のため小児期に他院で手術を受けている患者さんです。出産や育児を経たあと痛みや歩行困難が増強し、車椅子で来院されました。脚長差は2cm以上あり、股関節の変形も高度です。

手術は特殊な人工股関節を使用し、脚長差と筋肉のバランスを調整しました。筋力の低下が著明であったので、病状が落ち着いた後、県立リハビリテーションセンターに転院して一段とよい環境で訓練を継続されました。そのおかげで手術後三ヶ月の時点では杖もなく歩いて来院されました。

症例4

30年以上前に他院で手術された患者さんですが、人工関節がゆるんでしまい、痛いばかりか「ごろごろ音がする」とのことで車椅子で来院されました。ご高齢でもあり、心疾患や糖尿病の管理が必要なので各科の充実する当院への紹介となりました。

手術では骨盤骨の骨欠損を同種骨移植で補完したうえで、新しい人工関節を設置しました。病状が安定した後、紹介元の病院でリハビリテーションを継続され、杖で歩けるまでに回復されました。

症例5

大腿骨頭壊死の診断で来院された壮年期の男性です。脚立に上がって仕事をしたり、時には重量物の運搬も行います。痛みが強く、仕事に支障があるため治療を希望されました。MRI検査では、大腿骨頭の荷重部局所の壊死が認められました。

手術は「表面置換術」を行いました。健常な骨組織はすべて温存し、関節の表面のみを金属で置換する手術です。患者さん側の条件と、術者の高度な技術が必要です。国内でも良好な中長期成績が報告されており、通常の人工関節手術の術後に起こる骨萎縮が起こらない点からもすぐれた治療方法です。

症例6

左股関節臼蓋形成不全

28歳女性、右股関節臼蓋形成不全です。単純レントゲン像では軟骨は保たれています。

関節唇の損傷

しかしMRI検査でで関節唇の損傷がみられました。

臼蓋回転骨切り術

臼蓋回転骨切り術(RAO)を行いました。入院期間は6週間程度です。

手術後1年

手術後1年、骨切部の骨癒合も得られ、スクリューを抜去しました。臼蓋は正常になっています。

治療経過例

  1. 診療予約を取ります。
  2. 外来受診して、主治医の診察を受けます。痛みや可動域制限、歩行障害、日常生活動作の困難度を評価してさまざまな治療法を医師が提案します。
  3. 以下は、手術治療となった場合についての流れを記述します。
  4. まず、スクリーニング検査を行います。心電図、血液検査、尿検査で大きな異常がないかどうかを確かめます。極端な貧血がなく、心機能が保たれていれば、自己血貯血の説明をします。自己血貯血とは、手術前にあらかじめ自分の血液を貯血しておくことで、こうすることにより手術に際して他家血輸血を回避しようとするものです。自己の血液輸血ですので、アレルギーや血清肝炎等の感染症の心配はありません。
    通常、
    • 片側手術の場合:400ml×1回
    • 両側手術の場合:400ml×2回
    の貯血を行います。
  5. スクリーニング検査で、何らかの異常がみられた患者さんには、その異常の内容により整形外科主治医が各専門内科に紹介状を書きます。患者さんは各専門医を受診していただき、手術に際して問題がないかどうかを検討します。このとき、心臓エコー等のさらに精密な検査を行うことがあります。既往歴があり、他の医療機関で継続的な治療を受けていた場合にはその医療機関からの紹介状を持ってきていただくことになります。
  6. 現在服用している薬剤を確認します。投与量の調節が必要な薬剤については、投与していただいてる医師あてに、整形外科主治医が紹介状を書き、病状等についての問い合わせを行いますので、その紹介状をもって、各医師を受診してください。
  7. すべての問題が明確になり、手術に特段の危険が伴わないことが明らかになった場合、手術の日程、それからさかのぼって自己血貯血の日程、さらに麻酔科医師の受診の日程を決定いたします。
  8. 入院は、前日または前々日です。
  9. 入院後は、各スタッフより標準的な治療の流れについて記載した「クリニカルパス」に基づく説明があります。
  10. 入院期間は各個人で異なります。一番差が出るのはリハビリテーションの進行度合いです。リハビリテーションを十分受けないまま退院すると、退院後に困ることになります。逆に、リハビリテーションのゴールに達した後に入院している必要はありません。リハビリの進行が早い方は、手術後10日から2週間で退院できるのも事実です。しかし、病歴が長く、さまざまな訓練をくりかえしおこなったほうがよい方もいますので、一律に入院期間が短いのがよいことととらえるのは誤りです。
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